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杏里の楽美(旅)日記

答えを求めがちな人は、一度遠野の世界へいらっしゃい。語り継がれる物語の魅力とは?(47都道府県出張ネイル~7/47岩手編~)

バスを降りて、曇り空の中「カッパ淵」という標識が気になり歩いて行くと、何やら不気味なモノたちが一斉に、静かに佇んでいた。黒いボサボサの髪にお面を被った人形、錆びれた動物たちの置物、そして川沿いの奥まで行くと、何で塗られたのか分からない赤黒い顔をした河童さんがポツーンと座っていた。振り返ると、かっぱを釣るためなのか釣り竿も何本か立てかけてある。3月の東北はまだまだ寒さがあるが、この日は一段と背中から寒い気がする。

ちょいと心臓に悪い。

青森に引き続き向かった先は、岩手県遠野市。世にも不思議な逸話、伝承を明治時代に柳田國男がまとめ、日本の民俗学の先駆けとなった「遠野物語」のゆかりの地だ。今回岩手県を代表してネイルを受け入れてくださった場所「伝承園」では、この遠野物語の世界観を、この場所の古くからある風習や生活の情景をそのまま残しながら伝え続けている。園長に施設内をご案内いただき、スタッフの菅原さんにネイルをさせていただくことになったのだが、ここ伝承園の方々はみんな楽しそうに代わる代わるネイルを見に来てくださった。

“詳しくは、誰も分からない…”というのが魅力的。遠野ならではの場所で得た感覚。

菅原さん「三大昔話っていうと、オシラサマと、カッパと、座敷童なんです。オシラサマはシルエット的にというか、はっきり描かれてないんですよ。(纏っている布の)下も見えてなくて。」

カッパと座敷童はなんとなく知っていたけど、オシラサマの話はあまり聞いたことが無かった。調べてみると、農家の娘が家の飼い馬と仲良くなり、ついには夫婦になってしまったことを聞きつけた娘の父親が馬の首をはね、すかさず馬の首に飛び乗った娘はそのまま空へ昇り、馬と娘の2体1対で「オシラサマ」という神様になったというお話であった。

伝承園のオシラ堂という部屋には1000体ものオシラサマがおり、数えられないほどの願い事が書かれている布がオシラサマの細長い首に幾重にも掛けられている。その願い事が叶った人達は、オシラサマへ改めてお礼を言いに再訪されることも多いそうだ。リッホも、桃色の布地に今一番叶えたい事を書いてきた。

リッホ「遠野の地域の魅力は?」

菅原さん「物語を知ってる人にとっては、実際の舞台がそこら中にあるので、『おおっ』てなると思うし、ちょっと不思議なことがあっても、『遠野なら、まあアリだよね』みたいな雰囲気があります(笑)。

ぼやあっとした物語やゴシップだからこそ、こうかもしれない、ああかもしれない、と皆で囲炉裏を囲んで話をしていたのであろう昔の日本人たち。なんだか東北地方の人々の雰囲気って、優しくておおらかな印象があったけど、「これもアリよね」というユルさ(許す気持ち?)も、遠野物語のようなコンテンツが関係しているのか。簡潔な答えばかりを求めがちな現代人よ、現実世界にしんどくなったら、一旦遠野の世界を体験するのも良いかもしれない。

オシラ堂の中。

忙しくないって大事だよねえ。伝承園に学ぶ素敵な余白感。

リッホ「伝承園で働いてると、物語に詳しくなりますか?」

菅原さん「お客さんの方がすごく物語に詳しい方多いんですよ(笑)。海外の方も勉強してくる人が多いというか。すごくレアな質問受けたりとかします。やっぱりお客さんとのふれあいがあるのが楽しい。ここはそんなにてんやわんやしない施設なので、結構長くお話もできるかな。店員さんが忙しくしてると、喋りかけづらいじゃないですか。ここはそういう感じでもないので。」

この伝承園も、遠野物語をそのまま投影しているような“余白感”が至るところにあるのだけれど、スタッフさんたちの心の余裕もまた魅力のひとつ。ネイルをしている間の時間の流れ方も優しい。

リッホ「伝承園でこれからやっていきたいこととか、モットーみたいなのってありますか?」

菅原さん「伝承園としてこれからやっていこうかなっていうのは、「遠野物語」を体感する施設にしようって。“遠野物語まるごと体感博物館”っていうキャッチフレーズを作っているんだけど。遠野物語の入り口になるような施設にしようって色々やっているので。たとえば天狗がいた形跡で下駄を置いたりとか、狐と相撲を取る土俵を作るとかね。」

リッホ「良いですね!この伝承園に来て、五感全体で物語をより体験できるのは楽しいですね。」

菅原さん「そう、モットーも、楽しくやれれば良いかなっていう感じ。やっぱり自分が楽しまないと、続かないし。みんな(この日にいたスタッフさんたちはとても明るくて賑やかだった)こういう感じだから、仕事来るのも楽しい。」

古いものがあっての新しいもの。園長さんとの帰り道。

ネイルは、遠野物語のちょっと不気味で、でも引き込まれるような世界観を黒のシルエットで表現してみた。ベースの色は、オシラ堂の布がとても色彩豊かだったので和風でカラフルな色合いをグラデーションに。右手と左手それぞれで、物語が繋がっていて、どこかの爪にはカッパさんがいたり、足跡や手があったり、どこかでは座敷童さんがこっちを見ていたり。爪の上で物語を表現するとめちゃくちゃ可愛い!と、自分にとっても新発見だった。

帰り際。たくさんお菓子やお団子のお土産をいただいて、伝承園をご案内してくださった園長の菊池さんに遠野駅まで車で送ってもらった。

園長「どっちかっていうとここの場所や土地って、新しい物を求めるというよりちょっと古い物があってそこを懐かしいと思ってきてくれる人達がいて。でも新しいことって、古いことがあっての新しいことなのでね。ネイルってそれこそ新しいじゃない?それもこうやって古い物を取り入れつつやってもらったように、なんかすごく、私たちみたいな世代の人間でもワクワクするのよ。ほんとに頑張ってね。」

遠野駅付近でも遠野物語を感じられる施設がいくつかあり、次の電車まで時間があったので遠野市立博物館の前で降ろしてもらった。遠野物語を作った柳田國男さんのこと、そのきっかけとなった佐々木喜善(遠野市出身で、柳田に地元の逸話を伝承)さんのこと。さまざまな逸話の内容。知れば知るほど、またじっくり遠野物語を読んでから、もう一度ここに来てみようと誓った。(とにかくリッホは予習不足だが、きっとこの旅も今後の人生の旅の予習。)

遠野物語が何で現代まで残っているんだろう?

  • 村の馬頭観音の像を子供たちがもちだしてころばしたりまたがったりして遊んでいた。それを別当がとがめると、すぐにその晩から別当は病気になった。巫女に聞いてみると、せっかく観音さまが子供たちと面白く遊んでいるのをおせっかいしたから気に障ったのだというので詫び言をしてやっと病気がよくなった。
  • 遠野のあるお堂の古ぼけた仏像を子供たちが馬にして遊んでいるのを、近所の者が神仏を粗末にすると叱りとばした。するとこの男はその晩から熱を出して病んだ。枕神がたってせっかく子供たちと面白くあそんでいたのに、なまじ咎めだてするのは気に食わぬというので、巫女をたのんでこれから気をつけると約束すると病気はよくなった。

(略)これらの言い伝えは古い昔から気の遠くなるような数の人々による口伝の繰り返しによって伝えられてきたわけで、いわば「民話の自然淘汰」をくぐり抜けて残ったものです。しかも、それが単に一つの言い伝えであるというだけでなく、ほぼ同様の骨子をもっている話がいくつも残っている。ここには私たちの文化の基層をなるある価値観や禁忌が織り込まれていると考えなければなりません。平たい言葉で言えば、一種の「重大な忠告」がここに含まれている、と考えるべきなのです。

山口周『ビジネスの未来』(2020)株式会社プレジデント社より

その後の旅の道中で聴いていたオーディオブックから、民俗学とは全く違ったジャンルなのにも関わらず偶然にも遠野物語についての話が紹介されていた。この2つのお話について、聴いていた本の著者である山口周さんの見解にも納得しながら、リッホも遠野の思い出を振り返った。

やっぱり自分が楽しまないとね

という菅原さんのお言葉。神様仏様も、厳しいルールよりも楽しいエネルギーの方が、失われたくないって訴えているのかな。一見不思議で、なんとも奇妙な物語が何故今の今まで語り継がれてきているのか。その理由は、遠野の世界を旅した人にこそ、感じられるものがあるかもしれない…。どんとはれ。

伝承園の皆さん、ありがとうございました!

To be continued…

【岩手編:遠野物語と伝承園の皆様から学んだこと】

・“分からない”からこその魅力を感じてみよう!

・忙しくしすぎてない?余白を持つことで得られるものがある。

・ずっと昔から語り継がれていることにこそ、時代を超えて価値のある忠告や意味がある。

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